SDアモレビエタ対SDウエスカ戦 キャプテンマーク

アラゴン州の新しい取り組みや発明にまつわるアラゴンアイデンティティをテーマにしたキャプテンマークシリーズ。それぞれの分野で社会に貢献したウエスカ県とアラゴン州の人々を取り上げています。

今回フォーカスするのはモンソン出身のテニスプレーヤー、コンチータ・マルティネスです。アラゴン州のスポーツ界を代表する一人であり、11月7日から12日までセビリアのラ・カルトゥハ・スタジアムで開催されるビリー・ジーン・キング・カップ(旧フェデレーションカップ)のディレクターを務めています。

コンチータ・マルティネス(モンソン、1972年)

キャプテンマークには、アラゴンが生んだ最高のテニスプレーヤーへのオマージュとして、テニスラケットとそのガットのディテールが描かれています。スポーツに傾倒し、精力的でファイトあふれるコンチータ・マルティネスは、ラファ・ナダルに次いでシングルスで最多優勝回数(33回)を誇るスペインのテニスプレーヤーです。コンチータは生まれ故郷のモンソンで幼い頃から頭角をあらわしました。兄たちもテニスをしていましたが、彼女がテニスを始めたのは9歳のときで、今から見れば遅いスタートといえます。11歳でウルヘル・テニスクラブと契約し、翌年にはバルセロナのブルーメレジデンスに入り、テニスプレーヤーとしての訓練をつみました。

ジュニア・カテゴリーですでに素質を発揮していた彼女のプロデビューは1988年で、この年に開催されたソフィア(ブルガリア)の大会で初めてのタイトルを獲得しました。シングルスでの最大の功績は、なんといっても1994年のウィンブルドン優勝です。オリンピック3大会でメダルを獲得した唯一のスペイン人テニスプレーヤー、女子スポーツ、テニス界のパイオニアとしてデビスカップ男子チームを含む、2つのナショナルチームでキャプテンを務めた記録は、今も破られていません。現在はビリー・ジーン・キング・カップ(旧フェデレーションカップ)のディレクターを務めています。

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